#dynamic_Nagasaki

長崎県をDynamic Nagasakiとして見つめ直します。現在おっさんがちゃんぽん食べ歩いています。乗り物、旅行、自転車、ジョギングも!

【長崎弁で悩む】 その9 長崎くんちの用語集 2 くんちにおける出し物と町の役割

新日本紀行 「長崎くんち 傘鉾の舞い」

はじめに一本のビデオから紹介しよう。昭和50年11月放送の、NHKの新日本紀行で長崎くんちを取り上げた物である。「長崎くんち 傘鉾の舞い」と題された新日本紀行の番組である。長崎くんちが、長崎のまちっこからすると彼らのヒエラルヒー感が、些か相入れないニュアンスで描かれている。神事に近く、華のなく、キツい仕事を辺縁の集落の人間に押し付けてきたのにスポットが当てられているのである。長崎大水害前の長崎市の様子も併せて見られ、月琴の奏でるメロディなど、長崎の古く忘れられた事柄が、飾り気のない簡潔な語り口で語られる。字幕もない長崎の辺縁の集落の訛りが記録されている点も評価できるだろう。 

youtu.be

 当時のくんちはお金がなければ参加ができないなど、ということもあり、Covid-19下でくんちが無いなんていうレベルでないこともあったというのだから、ある意味ではきちんとしていたのである。市役所や県が伝統文化の保護と称して、長崎のまちっこの享楽を支援しているのである。

前回紹介したのがヒトの一生におけるくんちで、そのポジションの昇り方を示したが、ここで紹介した白ドッポの動きにも着目して欲しい。

dynamic-nagasaki.hatenablog.com

目次

くんちにおけるヒエラルヒー感

長崎のまちっこにおけるヒエラルヒー感は彼らの生活において非常に重要であり、マウンティング欲を満足させ、「長崎に生まれて良かった」という多幸感を味わえる瞬間なのだ。これはくんちにおける出し物でも大きく影響している。この文言にされておらず、明言されない事象にスポットを当てているのが上の番組である。体型や筋力から、「傘鉾でも持ってみれば」などとおっしゃるまちっこもいるくらい、どこか誇示したいヒエラルヒー感を滲ませるのが長崎のまちっこの「長崎仕草」である。また、長崎におけるヒエラルヒーは以下の記事で考察した。

dynamic-nagasaki.hatenablog.com

くんちにおける役割

踊町

奉納踊りを行う町である。

諏訪の氏子エリアの中でも、裕福であった(くんちの風習が固まった江戸時代までの話)町がこの役割を担う。77つの町があったとされるが、現在は59になっている。旧町名で呼びたがるものもいるため、くんちバカなまちっこと話をする際には旧町名の地図は必須である。

本踊りを踊る、旧花街などは、江戸時代を通して遊廓による莫大な資産を築いたが、今では長崎の遊廓文化は廃れている。

江戸時代からの伝統が維持されているわけではない。町の統廃合などから、町区画が変更されている部分もある。商人による潤沢な資金を背景に贅を凝らした出し物をこさえ奉納踊りを行う。あくまで踊りを奉納するのが役割であり、宗教的には特色に乏しい。

傘鉾の集落

神様を街へ招くその拠り所となるのが傘鉾である。当地では傘鉾(かさぼこ)と発音される。よその土地でも傘鉾の巡行はあり、これに準じた位置付けの物である。上記の映像にある通りである。

岩屋、田手原、本河内、三川、女の都、柳谷の人々がその役割を担う。農作業で足腰が強いということで選ばれており、金に物を言わせて、持てる限りの重さとし、150kg近くもある傘鉾を持たせ、巡行していく。

神輿守町

辺縁の旧農村エリアの人々が神輿を担ぐ。

十善寺地区(稲田、館内、十人、中新)、小島地区、片淵近隣(片淵、夫婦川、木場、立山)、伊良林地区(本河内、伊良林、矢の平、中川、風頭、桜馬場、鳴滝、奥山)、高野平(愛宕、高平、白木、弥生)、西山の六地区がその役割を担う。6年おきに回ってくる。お下り(諏訪神社から御旅所まで、10月7日)、お上り(御旅所から諏訪神社まで、10月9日)に神輿を担ぐ。

シャギリ

シャギリと呼ばれるお囃子には長崎の裏山にあたる本河内、片淵から東長崎の人々に充てる。旧来の長崎の地方である、本河内、片淵のエリアから発祥とされ、日見峠を越えた東長崎まで伝わり、このエリアの人々が現状ではその役割を担う。

年番町

くんちの踊町を担当して4年後に回ってくる。くんちの雑務一般を全て執り行う。くんち当日の切符切りから御旅所の警護まで多岐にわたる。

最後に

地元の商人がやってきた伝統によるのか、昼の商売で、数々の雑事も多いため、くんちを維持するには手間が多くかかることがわかる。くんちまでの準備期間も十ヶ月ほどのスケジュールが組まれている。奉納踊りには半年近い練習期間もあり、集会も多く、その後の宴会も多く、旧来のことを「伝統」と崇めるまちっこが多いため、Covid-19の流行する最中には開催自体が、創意工夫などではいかんともし難い。

dynamic-nagasaki.hatenablog.com

くんちにおける温度差は大きく、奉納踊りを行うエリアでの熱が高く、暑苦しいほどであるが、辺縁となるとその余裕などは失われていたのか、強い熱意は感じないことがある。上記のビデオを見て、奉納踊りの見栄の張り方、軽薄さなどが感じられるようになってくれば、長崎ウォッチャーとしての新たなステップになることだろう。

プライバシーポリシー