#dynamic_Nagasaki

Dynamic Nagasakiを見つめ直します。現在おっさんが意味なくちゃんぽん食べ歩いています。

長崎県におけるカステラの現状 新シリーズに向けて

長崎といえば。。。

ちゃんぽん 皿うどん カステラ

長崎といえば、ちゃんぽん、皿うどん、カステラでしょうと言われる。これは、長崎市に限ったことでなく、長崎県全域での他県からの思い込みである。観光といっても、長崎市に来て、これら、旅行会社が売り出し、皆が思い込んでやまない「長崎三大名産」を一通り巡ってみれば、長崎に行った気になってしまう様で、それは観光のパターンの一つの極みでもある修学旅行でも同様である。

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佐世保の松月堂のカステラのディスプレイ

長崎は何もない

長崎における修学旅行は、観光業において一つの悪弊である。ちゃんぽんと皿うどんは生徒の財布でもなんとか出せる様な値段で提供され、生徒たちは怪しいロードサイドの土産物屋兼ちゃんぽん屋で冷めたちゃんぽんを啜る。その土産物屋でも山の様なカステラが大量生産されたものが積まれており、そこには旅情などというものはない。Covid-19の流行前までは、利幅が小さいであろう修学旅行を受け入れるため、市内の路面電車はシーズンには生徒で満員になり道路にまで人が溢れ、宿もその時期には高止まりして他のビジネスや観光を圧迫し、連なるバスで道路は塞がれていた。日差しが強い中、原爆資料館も出島もグラバー園も頭の中ごった煮になるまで一堂に見せつけられ、移動距離は長いため、長崎は面白くない、美味しくない、暑い、あたりが感想の本音だろう。「長崎は何もない」というのは、ある意味確かなのである。

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大量生産、やや原産地呼称無視のスーパーで売っている「長崎かすていら」 産地は広島

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福砂屋の店頭 大きく「本家カステラ」と墨書されている

カステラといえば島原 ルーツを辿ってみると

さて、贈り物といえば長崎県ではカステラが多かった。和菓子屋や洋菓子屋でカステラを買い、少しばかりオマケの切り落としなぞをいただき、子供のおやつにし、カステラを贈り物にする。それが昭和スタイルの長崎県の風習であった。家にカステラなんて常備してはいないし、近所の和菓子屋かカステラ屋のものを贈答するのが当たり前であった。

長崎市における現状

長崎市には、昔ながらのカステラ屋・菓子屋が以前は多くあったのだろうが、ほとんど消え失せ、修学旅行と観光にシフトした、いかがわしいカステラ屋だけが残っている。大抵のカステラ職人がやっていた菓子屋は、洋菓子店に衣替えして、現代に続いている。菓子屋の旦那の何人かに御宅のカステラと云ふものを食べてみたいと言っても、大抵は「あんな面倒なものはしない」というのである。生地を混ぜ合わせ、焼き上げて、一晩カステラケース(カスケー)で寝かし、それを切り分けて包装する、小ロットで作ることは大変な手間である。作っても全てが捌けてしまう時代でもなかった平成の時代から徐々に廃れてきたのが、長崎のカステラ文化である。廃れているものであるから、カステラの黄色に茶色のラインの綺麗に見えるカステラケースも見たことがある50代はそういないのである。もう、カステラは長崎市の食文化ではなくなりつつある。こんな長崎市で食べてみるのに良いのには、2大巨頭の松翁軒福砂屋が残るだけである。岩永梅寿軒などは食べなければならない部類に入る。工業製品として作られるものは大抵長崎の工業団地群で製造されており、福砂屋もその一つである。

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長崎空港でのカステラ売り場 Covid-19流行下で大村工場での生産縮小

余波で1号は出荷されていなかった(現在は復旧)

現代の長崎カステラのルーツは島原?

現代の長崎カステラのルーツを辿ってみると、どうも島原半島にそれはある様である。島原は菓子屋のことを「くぁしゃ」と発音するという。その土地のものの気質なのか、職人といえば島原や離島が多く、島原半島には菓子屋が多く、長崎市内でも島原出身の菓子職人がよく聞かれた。江戸時代から戦後までを通して長崎市内で修行をしカステラの製法を学んだものが、島原に帰って自分の店を持ったものが多かった様である。長崎市内で現在菓子屋を営んでいるものも、案外島原をルーツに持つものが多いというのも肌感覚で得られている。マーケティングとブランド化で日本全国に長崎のカステラを広めた文明堂の創業者 中川安五郎も島原半島の人なのである。

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多比良の港に立つ中川安五郎の像

データで見るカステラ店

また、長崎県菓子工業組合という同業者組合があるのであるが、「長崎カステラ」としてブランド化され、そこに登録されている菓子屋でカステラを生産している数は島原半島のものが群を抜いて高い。長崎県内では大抵の菓子屋はカステラを生産しているが、長崎市内となると、菓子屋でのカステラを扱う頻度が案外下がるのである。次の様にまとめて見た。41店舗が長崎市内の会員として登録されているのだが、そのうちカステラを製造しているとしている店舗は21店舗であった。

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長崎県内各市郡における人口10万人あたりのカステラ店数

島原半島島原市雲仙市南島原市)においては群を抜いて多いことがわかる。また案外平戸市北松浦郡佐々町においても人口あたりのカステラ店数が多い。ただしこれは、組合を一つのみで算出しており、非加盟の店舗があることもあり、西海市対馬市松浦市での組合活動がされていないことからこれらの実態は不明であり、全ての現状を反映しているとは考えられないが、県内における大まかな傾向を反映している数字であると考えている。

参照サイト:http://www.nagasaki-kashi.net/member.php?kind=kasutera

長崎市のカステラ産業は観光による低コスト大量生産を必要とされたのだろう、競争と淘汰により、カステラを作っていた職人の次世代で生産を止めたものもおり、市内中心部では数えるほども残っていない。伝統の味として引き継いできた長崎市内の老舗カステラ店を山の頂きとするなら、カステラ文化の広い裾野は島原の職人さんたちの腕と歴史によるものであろう。

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カステラと墨書し、福砂屋に似た店頭としている 異人堂のカステラ

今後、カステラもあつかった記事を追加していこうということで、まとめていた記事を公開とする。ぽつぽつとであるが、少しずつ集めていき、また記事として紹介してみたい。

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