#dynamic_Nagasaki

Dynamic Nagasakiを見つめ直します。現在おっさんが意味なくちゃんぽん食べ歩いています。

長崎県でちゃんぽんをめぐる その120 状元楼 八幡店

佐世保で伝説(?)の街中華 状元楼

台湾系のオーナー兼料理人から店を引き継いで、「ああ、SSBBBA!」という感じのおばさまが店を一人で切り盛りしているのである。サービス業についているSSBBBAというのは、大抵人が好く、細かいところまで眺めながら、づかづかとあがっていくこともない、その間合いのよさからホスピタリティ豊かなひとときを演出するものなのである。もともとは常連客として店に通っていたおばさまが、調理の技術、方法論を前オーナー兼料理人から店とともに引き継いで、現在の形に治ったというのだ。今のおばさまになって、創業40年以上の歴史をもつ。戦後、間も無くに台湾系のオーナー兼料理人は佐世保の地にやってきたのだといい、現在はどこかよその国にいるという、佐世保らしいエピソードも有名なのである。

佐世保市役所の裏手にある状元楼 写真奥の緑は八幡様の鎮守の緑である

店の名前の由来は、やはり中国大陸にあり、唐代から清朝末期まで続いた、役人の登用試験である進士、殿試、省試(名称は時代とともに移り変わったがシステムはそのまま維持されてきた)の試験における首席合格者を状元と呼んだことに因むという。満州語ベトナム語でも同様の単語がみられ、過去に552名が記録されている。秀でたものの中でも一番、ということにあやかったのであろう。

状元楼 八幡店の店内 長崎市の感覚から見ると、メニューもどこか異国感が強い

八幡店という名前は、西海鎮守の社、亀岡八幡宮にちなんでおり、佐世保では「はちまんさん」と呼ばれる、鎮守府設置以来の町のお社に依る。

状元楼のメニュー 値段は一度消してしまったのであろう
ここにちゃんぽんを載せていないのもまたどこか憎い演出にもみえる

店のメニューはやはりどこか独特で、汁ビーフン、肉てんぷら あたりはなんともいえない風情がありそうであった。ただし、初回では必ずちゃんぽんを食すると決めているブログであるから、ちゃんぽんを紹介するのである。ビーフンの料理などというのはどこか台湾的な雰囲気もあって、ぜひ食べてみたいようにも思うが、香辛料などの感覚はどこか現在の台湾とも異なるような気がして、興味深い。

状元楼の店内の様子

状元楼のちゃんぽん

具材はキャベツ、モヤシ、タマネギ、エビ、豚肉、イカなどである。麺は唐灰汁の弱目にきいたちゃんぽん麺である。スープは自家製なのであろう、鶏ガラベースのスープである。

状元楼のちゃんぽん この色味がまた私は好きである

火の通る程度にまで、焼きをメインに煮を足したような仕上がりのちゃんぽんである。具材の歯触りが適度に残されている。塩味が薄めにしてあるが、スープと具材の地味豊かな感じが大変マッチしている。すり身の類を入れないところが長崎県内では珍しいうえに、どこか長崎市内におけるスープうどんのような仕上がりで、酷暑の始まる中、心と体に大変良い仕上がりであった。

状元楼のちゃんぽん きゅうりの浅漬けが添え物としてポツンと出される

最後にはスープに膜がはるような仕上がりであり、これはスープの質がもともと良いものに因むのであろう。大きなアルミ鍋でスープを仕込んでいるらしく、それが終わったら汁物は終了なのかもしれない。

碗は白磁の地に、どこか適当にろくろを回して呉須を載せたのが内側で、外側には牡丹か何かの赤絵風の絵付けがしてある。

状元楼 八幡店 店情報

おばさまは料理を作るもの食べるのも大変に好きなのだと語っていたのが印象的で、これがまた、店としてやっていくのによいのかもしれない。

  • 住所: 佐世保市八幡町2−8
  • 電話番号:0956258495
  • 営業時間:11:30 - 19:30
  • 定休日:日曜日

佐世保大空襲 1945年6月28日

軍港都市 佐世保

佐世保で雨が降り続けると長崎市ともまた違った情緒が出てくる。しっとりとした空気となり、山山の樹樹が緑の色を濃くし、5月以降にもなると萌える若葉は4月の話となり、深い緑が街の各所でみられる。6月ともなると大抵は梅雨に入っており、灰色の濃い雲に音を立てて降る雨がトタン板や木木の葉にあたる様を聞くものである。西の果てでも、長崎市は山の上まで家々が並んでいるのだが、佐世保ではそこまでの執念はなく、中央の平坦な部分には広く緑地が確保されており、夏の緑は6月にはみられるものである。

佐世保というのは戦略・地政学の要件ともにあった街である。近代化を日本が進めていく中で、極東におけるロシア、朝鮮半島、中国大陸と日本の交わる交差点からほど近い要衝としての街となった。もともと4000人ほどの寒村で、半農半漁で生計をたてていたエリアである。明治16年(1883年)に調査が開始され、明治19年1886年)に西海鎮守府の設置が勅令で発布されてできた、新しい西海鎮守の町であった。現在のSSK(佐世保重工)や米軍の使用しているドックエリアは佐世保海軍工廠として開発され、各種埠頭や倉庫設備などの整備が進められ、現在の佐世保市の中心部はこれらの施設に加えた民間施設からなる、150年も経たない街である。日露戦争の頃には連合艦隊の出撃基地となり、旅順港黄海日本海海戦とそれぞれの戦闘での補給基地であり、修繕基地でもあった。連合艦隊の出港時の黒煙の様などは、今でも写真として、市内のどこかで見ることができる。

第二次世界大戦中の太平洋戦争の開戦時には、12月8日の針尾無線塔(佐世保無線電信所)を経由して、連合艦隊の出撃命令が出された。戦時中には1945年6月28日に佐世保大空襲を受け、街は灰塵となり多くの命が失われた。そして、太平洋戦争の敗戦後も、針尾には大陸からの引揚者が続々と上陸して、そこから全国へ散っていった。長崎市への原爆投下とも異なる、東京大空襲などの大都市への空襲と同様の惨劇が市内各所でも記録されており、長崎県民ながら、他所との空襲の記憶の共有があるのが、佐世保市民のまた長崎らしくない一面でもあるのかもしれない。

1945年6月28日

終戦も間近の6月28日深夜、佐世保市を米軍のB29 による空襲が受けた。梅雨時で、「今夜は空襲もないだろう」と思い、市民の大部分が床に着いたころ、午後11時58分、空襲警報が鳴り響いた。警戒警報を飛び越えての事態であり、大雨の中、市民は家を飛び出し避難を開始したという。

141機のB-29佐世保上空に侵入し、推定1200トンもの焼夷弾を投下した。佐世保鎮守府の置かれていた佐世保基地には被害はほとんどなく、民間人の居住する市街地が焼け野原となった。現在の佐世保市中央の市役所から三ヶ町、四ヶ町のアーケード、名切から花園町、小佐世保町までと広範に約1,782,000平方kmが焼き尽くされた。死者 1242名、被災家屋12,037戸とされる。焼夷弾により各所で発生した火炎により、人々は追われ、煙に巻き込まれ、鎮火するまでの間を逃げ惑っていた。ほとんどが民間人であったとされ、日本各地で行われた米軍の無差別爆撃の様相である。

鎮魂慰霊平和祈願の塔 ステンレスが光を反射する

鎮魂慰霊平和祈願の塔 台座に刻まれた空襲時の様子

鎮魂慰霊平和祈願の塔 脇に刻まれた空襲犠牲者の名

佐世保大空襲の説明文の碑

1945年6月28日の佐世保大空襲の記録は「火の雨」として当時の証言をまとめた記録がのこされている。民間施設・民間の住宅を平然と攻撃していた当時の米軍は、ウクライナを侵略し民間人に対する拉致・強制連行・処刑・強姦・強奪などの蛮行を繰り返すロシア連邦軍と倫理的になんら変わりない。政府には、これらの民間人に対する攻撃や蛮行から身体や財産を守る義務がある。「平和を考える」「平和を望む」と、口に出すのは容易いが、各人の弛まぬ努力の結晶としての平和が実現するのである。先の大戦の数々の悲劇は確かに繰り返してはならず、ロシアによるウクライナ侵略を目の当たりにした今、「平和憲法」と呼ばれている枠組みの中で思考停止に陥りがちが現状において、現状維持を望んでいるだけで良いのか、また、守りたいものが自らにあるのかを、先の大戦の政治・経済・軍備・軍事・世界情勢・諜報などあらゆる角度から再度検証するのがその一歩となるであろう。

長崎県でちゃんぽんを巡る その110 味処湯処 よしちょう ちゃんぽん+公衆浴場+寿司 小浜は盛り沢山。。。

小浜ちゃんぽんの位置付け

小浜ちゃんぽんは日本でも全国区になり、一つの料理のジャンルを確立しているかのようなそぶりをみせているが、なんのことはない、市の観光行政の賜物なだけで、やはり長崎市の華僑からの流れをくんだものである。このため、小浜ちゃんぽんの位置付けは、当ブログ内では、あくまで長崎ちゃんぽんの中の一ジャンルにとどめることとし、大枠のちゃんぽん=長崎ちゃんぽんという括りの中で、その下流小浜ちゃんぽんが位置するものとして定義していくこととしている。所詮、市役所かどこかの人間が観光・町おこしで全国区に広めただけのもので、四海楼始祖説並みの扱いとしておく。三大ちゃんぽんなどというのは存在せず、全て、長崎ちゃんぽんの下流の「地域色豊かなちゃんぽん」と位置付けることとするのである。

小浜の海岸 「海を眺めて風呂に浸かっていれば、それは幸せ」とのことであった

オバマ、小浜、おばま

さて、小浜というと、かつては長崎市の人々にとっては身近な温泉地であった。よく、雲仙はたかいから、温泉といったら小浜というのが、定石通りの会話で、今の70代後半の人々は退院したら〜と言っていた。かつてはというのは、長崎自動車道ができて、嬉野や武雄が身近になってしまい、今度の西九州新幹線(旧長崎新幹線)の開通により、さらに嬉野・武雄が身近になる時代が来ているように思われる。

ゆけむりの街 小浜
山を越えると島原でその先は熊本であるため、熊本からの客も多いのが島原半島である

小浜へは、長崎からはかつては橘湾を横断する蒸気船が走っており、茂木港からすぐであったという。これは、長崎上海航路から田上(たがみ)を越えて茂木に馬か人足で行き、そこから小浜へ船で渡って、東洋一の避暑地 雲仙を目指すルートの途上にあったのである。現在では県営バスの小浜・雲仙ルートがあるのみとなっているが、これも特急の運用で運行しており、往時のこのあたりの華やかさがみられる。

小浜からの愛野への上り坂から橘湾をのぞむ ここを鉄道が走ることもあったというから、小浜・雲仙の観光における地位は極東でもそれなりであったのであろう

公衆浴場付きちゃんぽん屋 よしちょう

寂れた温泉地である小浜には、日帰り温泉に近い位置付けとなる公衆浴場付きちゃんぽん食堂がある。味処湯処 よしちょうである。創業は大正年間、松月楼として創業したという料理屋であった。90年近い歴史を有しているという。その歴史を感じられるものは店内に僅かに置かれた食器類のみで、昭和の高度成長期の面影のほうがつよくなっている。

味処湯処 よしちょうの外装

味処湯処よしちょう 玄関 どこか温泉旅館のようでもある

味処湯処よしちょう 階段を上がって二階が食事処である

味処湯処よしちょう 店内の様子

味処湯処よしちょう 店内の様子 テーブル席が置かれている

 

味処湯処よしちょう 店内の様子 小上がりの席の方が多い

味処湯処よしちょう メニュー

味処湯処よしちょう メニュー

味処湯処よしちょう メニュー


味処湯処よしちょうのちゃんぽん

具材はキャベツ、タマネギ、モヤシ、ニンジン、揚げカンボコ、チクワ、エビ、ゲソ、豚肉、黒キクラゲなどである。スープは鶏ガラベースに豚骨も入っており、やや乾物からの出汁も入っているのであろう、煮干しなどを使っているという。麺は自家製のレシピで、沸いている温泉水を利用しているといい、唐灰汁はあまり感じられない。

味処湯処よしちょう ちゃんぽん

焼きのやや効いた、煮がメインのちゃんぽんである。多彩な具材から出てくるエキスが面白いのであるが、唐灰汁の利き方があまり感じられず、食べやすいが物足りない印象となる。風呂場まで降りてくる、鶏ガラと豚骨、ラードの香りがちゃんぽん食堂に風呂が付いている特殊な位置を思い出させる。麺は自家製麺としているが、唐灰汁がほとんど入っていないのであろう。

味処湯処よしちょう ちゃんぽん

味処湯処よしちょう ちゃんぽんと寿司のセット

味処湯処よしちょうの公衆浴場

薄暗い、熱い、というのが特徴である。湯の花により、タイル貼の浴槽も目が埋まっており、歴史だけはあるのであろう。ただ、薄暗い上に、創建当初の雰囲気なのであろう、太い丸い柱がトレードマークになりそうである。泉質は雲仙に似ているが、ややトロミがあって、肌に吸い付くようであった。源泉がそのまま温度調整を受けてから投入されているというから、こんこんと湧いている湯が溢れている。午前中の仕事を終えての入湯となり、湯当してもと手足と短時間の入浴としたが、一日中湯の移り熱が抜けないほどであった。

売店で購入した よしちょうのタオル

味処湯処よしちょうの湯処の入り口

味処湯処よしちょう内にある湯せんぺいの製造所

味処湯処 よしちょう 店情報

長崎県でちゃんぽんをめぐる その108 お食事処 なるほど 諫早の昭和のちゃんぽん食堂

諫早の繁華街の中に位置する お食事処 なるほど

創業年代についての記載はどこにもないのであるが、昭和中期であろう。レースのカーテンや藤の衝立、赤いギンガムビニールばりの椅子といい、全てが昭和の中期で止まった様な姿をしているのである。店内の窓枠はミントグリーンで統一されており、店内のランプシェードも当時のままであったのだろう、統一感を持った昭和の面影がみられる。

お食事処 なるほどの店頭

お食事処 なるほど のショウケース

 

お食事処 なるほどの店内

お食事処 なるほどの店内 カウンター席

なるほどのメニュー構成で注目すべき点

地元の店舗で出前をするというのは多いもので、家族が集まると皿うどんの出前をとるというのは長崎県内でも伝統的なあり方である。これに対応するためなのか、店内での宴会需要に答えるためなのか、皿うどんに関しては、5人前までの対応をしている。

 

お食事処 なるほどのメニュー


お食事処 なるほどのちゃんぽん

具材はキャベツ、モヤシ、ニンジン、ネギ、タマネギ、揚げカンボコ、ハンペン、イカ、豚肉などである。麺はやや細い、唐灰汁弱めのちゃんぽん麺である。スープは鶏ガラと豚骨スープの混ざったものである。

お食事処 なるほどのちゃんぽん

焼きは動物性タンパク質に寄り、野菜は歯触りが残る程度にまで煮込まれており、調理の初めのラード脂でバチバチと火が当てられた香りが入っている様も昭和からの伝統的な食堂ちゃんぽんである。塩分は強めであるが、その他の風味も強いため、バランスの取れた仕上がりである。

お食事処 なるほどのちゃんぽん

お食事処 なるほどのちゃんぽん

お食事処 なるほどの店情報

  • 住所: 諫早市永昌東町12−2
  • 電話番号: 0957220958
  • 営業時間: 11:00 - 19:30
  • 定休日: 火曜日

お食事処 なるほどの店頭 出前は軽自動車で行われているらしい

「ちゃんぽん」とは その5 ちゃんぽんから派生する謎の麺メニュー スープうどん

長崎で見られる謎の麺メニュー

長崎には謎の麺のメニューが多い。拌麺はやはり謎であるが、皿うどんもちゃんぽんも結局は四海樓始祖説でまとめられているのであるから、学術的には謎が多い。それぞれで同時多発的に発祥し、それが本流となって、現在までに至っているというあたりが真実に近いところなのであろう。

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そもそものちゃんぽんも、四海樓始祖説しか見当たらず、ついには学術論文までその勢いで本説を推していく様は、商業主義的で拝金主義的、やはりCHINA大陸的プロパガンダの様相で、どうも気味も悪い。1970年代の四海楼のテレビコマーシャルではちゃんぽんのちの字すら出てこない、きちんとした中華料理店であったことが偲ばれる。

メニューの中で、とりあえず盲目的にちゃんぽんを選んでリポートしているのであるが、中には見慣れないメニューの数々が出現することがある。以下のものである。

  • 拌麺
  • スープうどん
  • ちゃんうどん

このうち、拌麺に関しては、とりあえずのまとめ記事として報告しているので、こちらを参照いただきたい。また、追加での提供店が発見されているため、さらに考察を深めてみたいものである。

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ちゃんうどんは寿々屋のメニューに登場するのであるが、これも、長崎のこの辺りで生まれ育ったものに聞いてみても、「どうせちゃんぽんの具材でうどんつくってるのよ」程度の認識であるらしく、だれも記述的なアクションをおこしていないのである。

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謎の麺メニュー、スープうどん

さて、ある時、常連客一歩手前になっているバーのマスターと、「スープうどんの謎」という話になった。朧げながらのイメージとしてスープに麺と具材が浮かんでいるだけのメニューであり、ちゃんぽんと何が違うのかがわからないという現状であり、更なる調査が必要になるとなった。提供している店舗のリスト化と試食、聞き取りを繰り返し、ことの興り、スープうどんの定義、輪郭をはっきりさせ、ちゃんぽんとの違いを明らかにしていこうということになった。

会楽園のスープうどん

「ちゃんぽんと作り方は一緒。」

「具材が白菜や椎茸などで、コクがある。」

というのがざっとした会楽園の店員の説明である。以下がそのれぽーとであった。

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慶華園のスープうどん

2022年5月25日で閉店してしまった慶華園である。ここのメニューにもスープうどんの訳された肉絲湯麺があったのであるが、筆者は結局食べずに終わってしまった。折りからの観光ブームと閉店前の再訪問ラッシュに巻き込まれてしまったのである。前回の訪問時は閑古鳥が鳴いてるほどであったのであるから、また「閉店するといえば、。。。」と巷で話題にのぼるのである。

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有華飯店のスープうどん

中華街、華僑系のスープうどんとまた概念がことなりそうなのが、この有華飯店のスープうどんである。前二者がちゃんぽんから派生してきたであろう具材や調理法であるのに対して、この店舗では日本人がイメージする中華スープをベースにうどん化したようなものである。キャセイパシフィック航空などの記載「ラどん」にも似たような不思議な味であった。

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まとめとして

自然発生的に出来上がっていくのが、地方におけるさまざまな料理であり、人間の美味さに対するあくなき探究心から生まれ出てくるものであろうから、細かく切り分けてみてまわりたいとおもっている。ただ、まだ何かを言うには数が少なく、徐々に絶滅しつつある料理でもありそうである点が、気がかりなのである。

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